使用者は労働者の同意なく、就業規則の変更によって労働条件を労働者の不利益に変更することは原則としてできないものとされています(労働契約法8条)。
もっとも労働条件の変更が労働者にとって不利益な変更なのか、有利な変更なのかは、ときに微妙です。
たとえば所定労働時間を短縮する就業規則の変更は、それ自体は労働者にとって有利な変更と考えるのが普通でしょうが、時給制の労働者にとっては給与の減少を意味しますので、有利と不利の両面を有する変更ですが、この場合、不利益変更にあたるのでしょうか。
しかし、これは、実務上は、あまり重要とは言えない論点です。
なぜなら、裁判所は、新旧就業規則を外形的に比較し、不利益とみなしうる変更があれば、不利益変更にあたることを前提として、その先の判断(後述の労働契約法10条に関する判断)に進む傾向にあるからです。
この点、端的に「『不利益』性は労働者が不利益であると主張していることをもって足りる」と述べる文献もあります(水町勇一郎『詳解労働法〔第3版〕』218頁)。
同書では、次のように説明されています。
「より具体的には、原告である労働者が変更された就業規則とは異なる法的根拠(旧就業規則等)に基づく請求をしていること(その抗弁として使用者が自らに有利(労働者にとっては不利益)と思われる就業規則の変更を主張していること)をもって足りる」
先に示した事例でも、労働者が変更前の所定労働時間を前提に(就労していない時間については民法536条2項を根拠に)時給計算をして未払賃金の請求をしたとすれば、使用者は、就業規則の変更によって所定労働時間が短縮されたことを主張するでしょうから、上の引用文で説明されている「不利益性」の要件を満たすことになります。
もちろん、そのように不利益性自体は、簡単に認められたとしても、それによって当然に就業規則の変更による労働条件の変更が無効となるわけではありません。
次に問題となるのが労働契約法10条の適用です。同条に示された考慮要素を検討して合理的と判断される就業規則の変更は、変更後の就業規則について周知された場合には、変更に同意しない労働者に対しても拘束力を生じることになります。
そして、就業規則の変更が労働者にとって有利に働く面がある場合には、この合理性の判断の中で考慮されることになります。