〈要点〉
中小企業退職金共済法に基づく退職金について、退職金規程に基づく退職金額を超える額について会社に返還する旨の合意に基づき、会社が退職者に返還を請求した事案において、裁判所は、上記合意は強行法規及び公序良俗に反して無効であるとして請求を棄却しました。
〈判文抜粋〉
・・・中小企業退職金共済制度の下においては,従業員の福祉を図る観点から,中小企業者(事業主)と機構との間で退職金共済契約が締結されると,被共済者及びその遺族は当然に上記契約の利益を受け,改めて受益の意思表示をすることなく,上記契約の効果として,直接,機構に対して退職金受給権を取得するものであり,かつ,その支給を確保するため,機構は直接被共済者又は遺族に退職金や解約手当金を支給するものとされるほか,退職金等の支給を受ける権利も原則として譲渡が禁止されているのであり,一方,国は,このような制度の運営について,掛金の減額分の国庫補助や法人税における掛金の損金算入を認める形で財政援助をしているのであるから,このような同制度の趣旨や旧法の規定内容に照らすと,それによって被共済者(従業員)の利益を保護しようとする旧法の各規定は,それに反する内容の契約についてはその効力を認めない強行規定であると解するのが相当である。
これを本件合意についてみると,前記認定の本件合意成立に至る経緯によれば,被控訴人は,控訴人が被控訴人を退職するに先立ち,控訴人が退職金共済契約に基づき機構から受給することが予定されていた退職金のうち被控訴人の従業員退職金支給内規に基づいて算定される退職金の額を超える部分を被控訴人に対して返還させることを約束させる覚書に署名押印を求めて,本件合意を成立させたものであり,これは,本件合意に基づき返還対象となる退職金の部分については,旧法上,当然,それについても実質的に控訴人に受給権があるにもかかわらず,被控訴人にそれを取得する権利があることを前提としたものと解するほかないから(上記返還対象となる退職金の部分が実質的に控訴人に帰属するものであることを前提としたものであるならば,控訴人がそれを被控訴人に贈与することを約束したものと解することになるが,控訴人が被控訴人に対してそのような贈与をすべき関係にないことは明らかである。),本件合意は,上記返還対象となる退職金の部分について,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人を介して機構からその支給を受け,又は被控訴人が控訴人からその受給権の譲渡を受ける約束をさせたに等しいものというべきである。したがって,このような実質を有する本件合意は,旧法5条,10条1項,16条の規定のみならず,旧法に基づく中小企業退職金共済制度の趣旨そのものをも潜脱するものであって,強行法規に違反して無効であるといわざるを得ない。
のみならず,被控訴人が機構との間で控訴人を被共済者とする退職金共済契約を締結し,長年にわたり,それに基づく退職金は全額被共済者が受給することを前提として,その掛金について法人税の損金算入を認められるなど,国から一定の財政的援助を受けながら,その内規では,被控訴人が独自に決定した算定方法に基づく退職金額を超えて機構から受給する退職金の部分については被控訴人に返還するものとし,これに基づき,控訴人との間で,その退職に際して使用者としての立場を利用して,退職金共済契約の内容について正しい説明をすることなく(このことは,弁論の全趣旨から明らかである。),本件合意を成立させたものであるから,このような点をも併せ考慮すると,本件合意は公序良俗にも違反して無効というべきである。・・・