労働者の相談を受けていると「就業規則があると聴いたことはあるが、見たことは無いし、どこにあるのか知らないし、内容も全く分からない」という話を聴くことが少なくありません。
しかし、就業規則が法的規範としての効力を有するためには、その内容を当該事業場の労働者に周知させる措置が採られていなければなりません(上記最判、労働契約法7条本文)。そして、懲戒処分を有効に行うためには、使用者が予め就業規則に懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要とされます(フジ興産事件最判H15.10.10労判861号5頁)。
したがって、就業規則の周知措置が何ら採られていなかった企業において、懲戒解雇が行われた場合、懲戒処分を行う根拠が無いわけですから、「周知措置が採られていない」ということだけで懲戒解雇は無効となりえます。つまり、労働者に相当の不都合な事情があったとしても、就業規則の周知措置が採られていなかったという1点のみで地位確認請求訴訟を勝ちきれる可能性が出てきます。
もっとも、就業規則の有効要件として求められるのは周知措置を採ることであって、現実に周知させることではありません。また、周知措置の方式も限定されていません。そのため、周知措置の有無を争点とした場合、「書架にあるから見るように言った」「聴いていない」といった争いになり、裁判所の認定がどうなるかは見通しが困難となるおそれがあります。
そこで、労働者の側で就業規則を根拠とした主張をすることが考えられるような事案(たとえば、未払いの残業代が就業規則所定の算式で計算した方が多額になるような事案等)の場合などでは、他の要件との関係で懲戒解雇の無効は明らかと考えられるならば、就業規則の有効性は不問にして敢えて、その効力を争点化しないという方針を採ることもあります。