最高裁は、今般、契約社員(有期雇用労働者)に退職金を支給しないことを不合理な格差でないとする判断を示しました(メトロコマース事件最判R2年10月13日最高裁ホームページ)。
原審東京高裁は、正社員に対する支給基準の4分の1に相当する額を支給しない範囲で不合理であると認めていたのに対し(東高判H31.2.20労判1198号5頁)、これを覆す判断をしたものです。
マスコミも大きく報道しましたので、ご存じの方が多いと思います。
もっとも、これで有期雇用労働者の退職金不支給について、一般的に最高裁のお墨付きが出たと考えるのは早計です。
理由1:
最高裁は、上記判決で「労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが同条(改正前労働契約法20条-引用者注)にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる」と明言しています。
理由2:
当該事案において退職金の不支給が不合理であるとは認められないとした理由につき、最高裁は、まず、正社員には「代務業務」「エリアマネージャー業務」に従事することがあったのに対し、契約社員にはなかったこと、正社員には配転の可能性があるのに対し、契約社員には勤務場所の変更はあったとしても職種の変更がないことを指摘しています。
さらに、1審原告らが比較対象とした正社員は、他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしており、そうなった背景に当該正社員らが関連会社の再編の結果、1審被告に雇用されるようになったことなどの事情が存したことも指摘しています。つまり、そもそも比較対象とされた正社員が正社員の中で特殊な存在であって、その分割り引いて考えるべきだと言いたいのでしょう。
したがって(当該事案における最高裁の評価が正当かどうかはともかく)、正社員との間の職務の内容及び配置の変更の範囲がより少ない事案であったり、比較対象の正社員が特殊な存在でない事案であれば、結論は異なりえたと言えます。
理由3:
最高裁が判断したのは労働契約法20条の適用です。
平成30年の働き方改革関連法により同条は廃止され、パートタイム・有期雇用労働法8条に統合されました。
同法の施行日(R2.4.1)以降は、パートタイム・有期雇用労働法8条の解釈・適用が問題となります。その解釈は労働契約法20条の解釈を踏まえてなされるでしょうが、解釈に一定の変化を生じる余地はあるでしょう。
したがって、契約社員が退職金の不支給について争う余地はなお残されています。
とはいえ、上記最判は、「同一労働同一賃金」の理念に対する期待の高まりに冷水を浴びせた残念な判決であると思います。
最高裁としては、長年、格差の存在を前提として賃金制度を構築し、運用してきた企業に対し、事後的に「実は退職金の不支給は違法でした」と宣告することの落ち着きの悪さ、影響の大きさを恐れたのかも知れません。
それも分からなくはありませんが、契約社員が正社員との待遇の格差を裁判所に訴えても、ちまちました手当の不支給しか不合理と認めないのなら、この間、政府が喧伝してきた「同一労働同一賃金」など、幻想を振りまいただけの中味のないプロパガンダに過ぎないというべきではないかと思います。
そうであれば、必要なことは、全国民が立ち止まって、非正規労働者の存在とその増大が国民を豊かにしているのかどうかをよく考え直すこと、そして非正規雇用増大の流れを反転させること(究極的には立法によって合理的な理由のない非正規雇用を禁止すること)なのではないのかと私は思います。