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2026/06/08

辞職の自由

「退職代行」という名称のサービスを耳にするようになってしばらく経ちます。また、ネット上の法律相談サイトには、「退職したいが辞めさせてくれない」という相談の投稿が後を絶ちません。なぜそんなことになるのか、ずっと不思議に思っています。

人の首に縄を付けて働かせることはできませんし、いやいや勤務してミスをされても困ります。従業員が固い決意で退職する意思を告げれば、雇い主側は了承せざるをえないはずです。よしんば了承を得られなくとも、どうしても嫌なら会社に行かなければ良いことです。会社に行かなかったからと言って警察が来て労役場に留置されることはありません。


私自身も会社を辞めた経験がありますし、イソ弁として勤務していた法律事務所も辞めました。雇っている事務員に辞められたこともあります。「辞めたいなら、『辞める』と言って辞めたらええやん」と思ってしまうのです。(中には、精神を病み、会社側と直接話をすること自体が困難というケースもあるでしょうし、特殊な事情によって退職手続きに第三者の介入が必要となる場合があることを否定するものではありません。しかし、「辞めさせてくれない」と嘆いている人の全部が全部、特殊事情を抱えているとは考えにくく、疑問に思うのです。)

 

退職することを難しいと考えてしまう人が少なくないとすれば、その原因の1つは、退職に関する法律の規律がどうなっているのか必ずしもよく理解されていないことがあるのかも知れません。

そこで、退職をめぐる法律の規律について、一般的な事項を整理してみたいと思います。

 

1 無期雇用労働者と辞職

2 有期雇用労働者と辞職

3 辞職と損害賠償

4 辞めたい方への助言

 

1 無期雇用労働者と辞職

 

まず、雇用契約に期間の定めがない場合、法律は、労働者からは、いつでも一方的に退職を申し出て退職することができ、申し出から2週間で契約は終了するものとしています(民法627条1項)。「いつでも」の語は、「何らの理由なく」という意味を含みます。すなわち、無期雇用であれば、労働者は、何ら理由を告げることなく、2週間の予告期間を置きさえすればいつでも、一方的な意思表示をすることで退職できるのが民法の原則です。このように労働者の一方的な意思表示によって退職することを一般に「辞職」と言います。

 

もっとも、民法の契約法の諸規定の多くは任意規定です。任意規定であれば、当事者が別段の合意をした場合、合意が優先することになります。

この点、就業規則で労働者が退職を申し出る場合に1か月又はそれ以上の予告期間を置かなければならないものと定めている企業が少なくありません。その場合、就業規則の規定が優先し、所定の予告期間を置かずに辞職することはできなくなるのでしょうか。

 

この点、学説の多くは、民法627条1項の規定は、労働者がする辞職の意思表示との関係では強行規定であると解しています(水町勇一郎『詳解労働法〔第4版〕』1071頁、土田道夫『労働契約法〔第3版〕』821頁等)。その旨を述べた下級審の裁判例もあります(東地判S51.10.29労判264号35頁、横浜地判H29.3.30労判1159号5頁等)。民法627条1項が強行規定であるとすれば、就業規則で2週間より長い予告期間を定めても無効であり、労働者は、就業規則の規定にかかわらず、2週間の予告期間を置けば辞職できることになります。

 

2 有期雇用労働者と辞職

 

他方、期間の定めのある雇用契約の場合に期間途中で退職することについては、民法は、「やむを得ない事由がある」ことを要件としています(民法628条)。

したがって、「やむを得ない事由」がなければ、期間途中に辞職することは法律上はできないことになります。

「やむを得ない事由」の内容としては、「使用者が労働者の生命・身体に危険を及ぼす労働を命じたこと、賃金不払等の重大な債務不履行、労働者自身が傷病により就労不能に陥ったこと等」が挙げられています(土田前掲書1029頁)。

 

もっとも、これは、一方的に契約を解除する「辞職」についての話です。使用者が退職に同意して行う「合意退職」であれば、いつでも可能であることは、期間の定めがある場合であっても異なりません。

そして、既述のとおり、人の首に縄を付けて働かせることはできません。従業員が固い決意で退職する意思を告げれば、雇い主側は了承せざるをえない関係にあることは、期間の定めの有無とかかわりなく言えることです。

したがって、この場合も、退職の可否は、結局のところ、労働者本人が固い決意をもって使用者と向き合えるか否かにかかっていると思われます。

 

なお、言うまでもありませんが、期間の定めのある契約は期間満了によって終了するのが原則です。したがって、労働者が期間満了時に契約を更新せず、退職することについては、使用者の同意は不要です。

 

3 辞職と損害賠償請求

 

中には、使用者の同意なく退職した場合には違約金や損害賠償の請求を受けないか、という危惧を持つ人もあるようです。

この点、まず法律は、労働契約の不履行について違約金の定めを設けること禁じています(労働基準法16条)。したがって、同意なく退職した場合について、雇用契約書や就業規則に違約金の定めがあったとしても、法律上当然に無効であり、違約金を請求される心配は無用です。

 

損害賠償請求については、無期雇用の場合、上述のとおり2週間の予告期間を置けばいつでも退職できるとするのが強行的な法律の定めと解されていますから、だとすると、労働者が2週間の予告期間を置いて辞職の申し出をし、辞職することには違法性がありません。違法性のない行為によって使用者に損害が生じたとしても、労働者が責任を負う理由はないことになります。

ただし、多数の労働者が通謀して一斉に退職し、事業の継続を困難にしたような場合には、違法と評価される可能性が出てきますので、その点には注意が必要です。

 

これに対し、有期雇用の場合には、同様に言えないことになります。「やむを得ない事由」があって退職する場合であっても、その事由が労働者の過失によって生じた場合には、損害賠償を要するものとされていますし(民法628条後段)、「やむを得ない事由」がなく、かつ使用者の同意がないまま一方的に事実上、辞職した場合、その結果、使用者に損害が生じたときには、債務不履行に基づく損害賠償の責任を負うことになります。

 

もっとも、債務不履行に基づく損害賠償請求を行うには、債務不履行と相当因果関係のある損害を立証する必要があります。労働者が辞職の意思を明確にして出勤を拒絶した場合、その結果、人員が不足するのであれば、使用者は、後任を補充するでしょう。適切に補充を行ったとすれば、労働者の辞職に伴う人員不足等によって生じる損害は、あったとしても、そうそう多額にわたることはないと考えられます。そして、そのことを踏まえれば、使用者が訴訟提起までして、退職した労働者に損害賠償請求することがどれだけあるかは、かなり疑問です。したがって、この点も過度に恐れるべきではないでしょう。

 

4 辞めたい方への助言

 

何度も繰り返して恐縮ですが、人の首に縄を付けて働かせることはできません。労働者が固い決意で「辞める」と言えば、使用者は、事実上、受け入れざるを得ない立場です。したがって、ぜひとも会社を辞めたいと思ったときには、使用者にその旨申し入れてよく話し合うことをお勧めします。仮に慰留されたとしても、強い決意で退職の意思を示し続ければ、使用者側は、同意せざるを得なくなるはずです。とくにある程度の時間的余裕をもって退職の申し出をした場合には、使用者側では人員不足を生じないよう後任を手配することができますから、同意を得やすくなります。

 

これに対し、ある日突然、労働者が出勤しなくなれば、会社に混乱が生じることは必至です。ある日突然、出勤を拒絶し、退職代行サービスに依頼して退職の意思表示をすれば、使用者が激怒する場合があることは想像が容易です。すなわち、そのような行動は、敢えて自らトラブルを作り出しているようなものです。ネット上の相談サイトには、退職代行サービスを利用した方のトラブルに関する相談も散見されます。

 

以上を踏まえ、会社を退職するにあたっては、精神を病んで直接会社に連絡することができない、などの特殊事情があれば別ですが、そうでない限り、安易に人の手を借りず、できる限り、ご自身で始末を付けることをまずは試みてみられることを強くお勧めします。

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