退職金規程を設けている会社の多くでは自己都合退職の場合の退職金支給率を定年による退職等、通常の場合の退職金支給率よりも低く設定しています。
退職金制度の設計について、法律には特段の規制がありませんから、そのような自己都合退職者に対する別異の取扱いも違法とはされません。
そのような規程のある会社において、労働者が退職届又は退職願を書き、退職した場合、会社は、自己都合退職の場合の低い支給率で計算した退職金を支給するのが通常です。
しかし、その退職届又は退職願の提出が、会社から強く退職を促された結果やむなくこれに応じたものである場合や、会社から根拠なく不正の嫌疑を掛けられた場合など、会社側の行為によって勤務を継続しがたい状況となったことに起因するものである場合であっても、労働者は、純然たる自主退職の場合と同様に低い支給率で計算した退職金しか支給を受けられないのでしょうか。
ところで、多くの会社の退職金規程では、「業務上やむを得ない事由」による退職の場合は、通常の退職金支給率によるものと定めています。
これは、会社側の都合により労働者の本意でない退職をした場合に、代償として自己都合退職よりも高い支給率の退職金を支給することで、その不利益の一部を補填しようとしたものと理解できます。
この点、会社が労働者に強く退職を求めた結果、労働者がやむなくこれに応じた場合や、そうでなくとも会社側の不当な行為により労働者が勤務の継続が困難な状況に陥って退職に至った場合は、まさに労働者が本意でない退職をした場合なのであって、「業務上やむを得ない事由」による退職に該当するか、又はこれに準じて扱うべき場合にあたるといえるでしょう。
裁判例には、労働者が退職届又は退職願を提出して退職し、会社が自己都合退職としての退職金のみを支給した事案について、当該会社の退職金規程において通常の支給率による退職金を支給すべき事由として規定されている「業務上やむを得ない事由」による退職と同視できる、などとして、通常の支給率による退職金との差額の支払いを命じたものがいくつもあります(福岡地判H3.2.13労判582号25頁、東地判H6.3.7労判655号59頁、水戸地裁下妻支部判H11.6.15労判763号7頁、大地判H19.6.15労判957号78頁)。
したがって、「退職届又は退職願を出した」という経緯がある場合であっても、会社から退職を強く促された結果の退職である場合や、そうでなくとも勤務の継続が困難な状況に至った原因について会社に責任があるといえる場合には、通常の支給率による退職金の請求が認められる可能性があります。そのような場合に自己都合退職としての低い支給率による退職しか支給されなかったのであれば、差額を請求することは、検討してみる価値があるといえます。