退職金の請求権は、残業代のように法律に定める要件を満たせば当然に発生するものではありません。労働契約上の根拠に基づいて発生します。
一般的には就業規則の一部を構成する規則として退職金規程が制定されることにより規程に定められた内容が労働契約の内容となり、規程に従って退職金を請求することが可能となります。
退職金規程が無くとも、退職金の請求が認められる場合はあります。退職金を支給すること及びその額又は額の計算方法について、個別的合意や労使慣行の存在が認められれば、それらが労働契約の内容になっているものとして、退職金請求権の発生が肯定されます。
このとき重要なことは、退職金額がいくらであるか、合意に基づいて計算できなければならないということです。
求人情報や雇用契約書の記載、社長の発言等によって抽象的に「退職金を支払う」ということについての合意が一応認められたとしても、額を算定することができない場合、裁判所が適当な額を決めることはできず、結局、請求は棄却されてしまいます。
過去の退職者には退職金が支払われてきたという経緯がある場合も、支給額に規則性が無く、その都度、決定されていたような場合であれば同じことが言えます。
すなわち、退職金規程が無い場合に退職金請求をするにあたっては、請求する退職金額を算出した根拠は何かという問題が大きな障壁となります。
この点、たとえば、ある裁判例(大地判H10.10.30)では、原告が求人に応募した際の求人票に「退職金有り」との記載があり、かつ加入保険欄の「退職金共済」に丸印が付されていた(が、実際には退職金共済への加入がなされなかった)という事案で、裁判所は、原告には中小企業退職金共済に加入し、最低額の掛金を納付していたと仮定した場合の積立額と同額の限度で退職金を請求する労働契約上の権利があると認め、その支払いを命じています。
上記裁判例のように「少なくともこの額の退職金を支払うべきことが労働契約の内容となっている」と言える事情が必要なわけです。
退職金規程が無い事案で退職金請求を検討する場合には、そのような事情があると言えるかどうかをよく精査する必要があります。